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仙台高等裁判所 昭和26年(ナ)18号 判決 1952年3月05日

原告 後藤喜吉 安藤安雄

訴訟代理人 細谷芳郎 神谷健夫

被告 山形縣選挙管理委員会

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、『昭和二十六年四月二十三日執行された山形県東村山郡山寺村の議会議員及び長の選挙に関する訴願についてなした被告委員会の裁決を取消す。右議員及び長の各選挙を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする』との判決を求め、その請求原因として、原告等は右選挙においていづれも選挙人であつたところ同選挙の投票は、同村字宮崎に第一、字川原町に第二、字馬形に第三、字千手院に第四、字所部に第五、字上荒谷に第六、字下荒谷に第七、字荒谷原に第八の各投票所を設けて行はれたが開票は一ケ所で行はれた。そして同日午前十一時頃第七投票所においては、投票事務従事者であつた佐藤健夫が、投票用紙残数に誤差があるから投票函の中の投票紙を数えて見る必要があると言ひだし、不法にも該投票函を開函し附近にあつた林檎の空箱に既に投票函に投入されていた右議員及び長の各二百五十五の票紙を移して、これを投票所以外の場所である同所二階に持つて行き、もてあそんだ上同日午後三時過ぎまで放置し夕刻これを投票函に戻して何事もなかつたごとく、これを開票所に運搬し他投票所の分に混入して開票したのである。

右開函に際して佐藤健夫が投票の入替等不正行為を為したことは左記事実に徴して明白である。

1、佐藤健夫は村長候補者増子喜代治が山寺村長在任中同役場吏員として同人の下に勤務し、同候補者の当選を希つていたことは周知の事実である。

2、佐藤健夫は投票用紙の数に誤差があつたことを理由として開函したのであるから、投票用紙が余つても他人にかくす必要がない筈であるのに、本件選挙の直後何枚かの投票用紙を他人に秘して焼却している。

なほ、第七投票所では十数名の代理投票が行はれたが、その際佐藤健夫は、投票管理者が正式に命じた以外に、選挙人の氏名、補助者の氏名等を投票録に記載することもなく勝手に代理投票を行つたのであるからその間不正行為が介在していることは明かである。

元来本件選挙において、村長候補者は前村長増子喜代治及び渡辺佐正の二名で、村議会議員(定員十六名)の候補者は二十二名であつたのであるが、投票の総数はいづれも二千六百七票で、そのうち無効投票は、村長選挙の分が三十五票、議員選挙の分が二十七票で各候補者の得票総数は村長選挙において増子喜代治が千二百九十一票、渡辺佐正が千二百八十一票で十票の差で増子喜代治が当選確定し、議員選挙において、十六位の小沢透が百六票で当選確定し、高見安治が九十六票で次点となり、いづれも僅少の差であつた。しかるに第七投票所の投票総数は、村長及び議員とも各五百六票であつたので、前記各不正事実は、いづれも本選挙の結果に異動を及ぼす虞れあるものであるから、原告等は本件選挙につき昭和二十六年五月六日山寺村選挙委員会に選挙の効力に関する異議の申立を為したが同月十五日却下されたので、同年六月三日被告委員会に訴願したところ棄却され、その裁決書が同年八月八日原告等に交付されたが不服であるから右訴願裁決の取消並に前記選挙の無効宣言を求めるため本訴請求に及んだ次第であると述べ、

立証として甲第一乃至七号証、同第八号証の一乃至八、同第九号証、同第十号証の一乃至八、同第十一号証を各提出し、証人布施直蔵、今田与志雄、布施栄治、佐藤吉治、東海林則夫、村形兼吉、武田増子、斎藤今朝松、佐藤専太郎、村形のゑ、藤山キク、藤山正雄、佐藤今子、佐藤直治、佐藤福松、武田惣平、藤田正治、武田ます、五十嵐義矩、阿部健蔵、松本金一押井義雄、佐藤健夫の各証言及び検証の結果を援用し、乙第一、三号証の各成立を認め、同第二号証の一乃至十、乙第四、五号証の各成立は不知、乙第六号証の一、二中「4 16交付」「19交付」と記載しある部分の成立は否認する、その他の部分の成立は認める、と述べた。

被告代表者は、原告等の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告等訴訟代理人の主張事実中、昭和二十六年四月二十三日山形県東村山郡山寺村で村議会議員及び長の選挙が執行されたこと右選挙において、原告等がいづれも選挙人であつたこと、同選挙の投票が原告主張のように八箇所で行はれたが、その開票は一箇所で行はれたこと、同日午前十一時頃佐藤健夫が投票函を開函し、在中の議員及び長の投票各二百五十五票を林檎空箱に移し、これを投票所でない同所二階に持ち運び、暫くして(同日午後三時頃であること後段認定のとおり)これをもとの投票函に戻したこと(但し戻した時刻は同日午後三時頃である。)佐藤健夫が当時山寺村役場吏員であつたこと、同選挙における議員の定数及び候補者数並に長の候補者が増子喜代治、渡辺佐正の二人であつて、その投票総数、無効投票数、第七投票所の投票数、各当選者及び次点者の投票数がいづれも原告主張のとおりであること、佐藤健夫が本件選挙後投票用紙一枚を焼却したこと、異議訴願に関する経過が原告主張のとおりであることは、いづれも認めるが、佐藤健夫が村長選挙の立候補者増子の当選を希つていたことは不知、その他の事実は争う。

佐藤健夫が投票函を開函するに至つたのは、投票用紙交付係から、投票用紙の使用残枚数が議員の分と長の分と一致しないこと、即ち議員の投票用紙が村長の投票用紙より一枚多く残つていることが連絡されたので、選挙法規に通じない同人が、この侭投票函を選挙長に送致すれば、投票数が符合しないため選挙会において、第七投票所事務担当者等の事務粗漏なことを問責されるであろうことをおそれ、投票数を確め投票用紙の使用残枚数の正確を期するためであつて、何等不正行為を行う意図があつたわけではない。しかも投票を移した林檎箱を階上に持ち運んだ際には投票立会人藤山正雄とともに計算し飛散しないように措置したもので、これを投票函に復納したのは、同日午後三時頃であつた。また佐藤健夫が投票用紙一枚を焼却したのは、投票点検の結果、議員の投票用紙が村長の投票用紙より一枚余分に受領したことに気付いたためで、焼却した投票用紙は、議員の投票用紙である。

以上のように本選挙において投票函が不法に開函された事実はあるが、それによつて投票そのものには不正が行はれず、選挙の公正は維持され、選挙の結果に異動を及ぼすおそれはなかつたのであると述べ、

立証として、乙第一号証、同第二号証の一乃至十、同第三乃至五号証、同第六号証の一、二を各提出し、証人阿部健蔵、押井義雄、松本金一、佐藤健夫、今田もゑ、佐藤さよ、武田そよ、武田ちよ、今田武三郎、佐藤しほ、武田伝七、村形忠蔵、佐藤もと、武田みき、佐藤政治郎、今田とり、武田芳恵、今田ゆさ、今田与志雄、藤山正雄、布施栄治、佐藤吉治、東海林則夫、村形兼吉、武田増子、佐藤今子、布施直蔵、村形のゑ、五十嵐義矩の各証言及び証人藤山キクの証言の一部並に検証の結果を各援用し、甲第六、七号証、同第八号証の一乃至八、同第九号証、同第十号証の一乃至八の各成立を認め、その余の甲号各証の成立は不知と述べ、同第八号証の一乃至八を利益に援用した。

理由

昭和二十六年四月二十三日山形県東村山郡山寺村で村議会議員及び長の選挙が行はれ、原告等はいづれもその選挙人であつたこと、同選挙の投票が、同村字宮崎に第一、字川原町に第二、字馬形に第三、字千手院に第四、字所部に第五、字上荒谷に第六、字下荒谷に第七、字荒谷原に第八、の各投票所を設けて行われたがその開票は一箇所で行われたこと、同日午前十一時頃第七投票所で同村役場吏員で投票事務に従事した佐藤健夫が投票函を開函し、そのときまでに投入された議員及び長の投票各二百五十五票を附近にあつた林檎の空箱に移してこれを投票所でない同所二階に持ち運び、暫くしてから同投票をもとの投票函に戻して投票終了後、これを開票所に運搬し他投票所の分全部に混入して開票したこと、本件選挙における議員及び村長の投票数が第七投票所の分は各五百六票であつたが、総投票数は、各二千六百七票で、そのうち無効投票は議員の分が二十七票で、長の分が三十五票であつたこと、議員の定数が十六名で立候補者は二十二名、村長の立候補者は増子喜代治、渡辺佐正の二名であつたこと、選挙の結果議員の最下位当選者小沢透の得票が百六票、次点者高見安治の得票が九十六票で、村長当選者増子喜代治の得票が千二百九十一票、次点者渡辺佐正の得票が千二百八十一票であつたこと、原告等昭和二十六年五月六日山寺村選挙管理委員会に右選挙の効力に関する異議を申立てたが、同月十五日却下せられたので、同年六月三日被告委員会に訴願したがこれまた棄却せられ、その裁決書が同年八月八日原告等に交付されたこと、以上の事実関係は、いずれも当事者間に争いがない。

よつて先ず佐藤健夫が右投票函を開けた点に関して考察する。

前記の如く投票実施中に投票所の係員が投票函を開けてその中の投票を取り出して一時的にもせよ投票所外に置いたことが、選挙の規定に違反することはいうまでもないことである。しかし右のような選挙法規違反の行為があつたからといつて、そのこと自体直ちに選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものとすることは行過ぎであつて右の虞があるかどうかはその前後の具体的事情の如何によつて判定すべきものと解すべきものである。けだし右のような違反行為があつたからといつて、当然に投票の改さん、入替等の不正行為により投票に変動をきたす虞があるものとは限らないからである。そこで当時の具体的事情について審究するに、成立に争いのない乙第三号証、甲第八号証の七、証人布施直蔵、布施栄治、今田与志雄、佐藤健夫、今田とり、佐藤政次郎、藤山キク、阿部健蔵、押井義雄、松木金一の各証言及び証人藤山正雄の供述の一部並に検証の結果を綜合すると、次の事実が認められる。即ち、

一、第七投票所は山寺村大字荒谷所在の同村小学校旧荒谷分教所に設けられたもので、投票所に当てられた場所は木造二階建旧校舍の一室(広さ約十八坪の元教室)で、本件選挙当時には既に新分教場に移転後で、右旧分教場は空家になつており、二階に通ずる階段は右投票所にあてられた室に接する廊下の一隅に存するだけであること、

二、第七投票所の関係係員は、投票管理者今田与志雄、投票立会人藤山キク、佐藤政次郎、藤山正雄の三名、庶務係佐藤健夫、受付係牧田庄一郎、名簿対照係今田とり、投票用紙交付係(村長の分)佐藤今子、同上(議員の分)武中忠男であつたこと、

三、同投票所に割当てられた投票用紙の数は議員の分も長の分も五百四枚づつで、この用紙は庶務係の佐藤健夫が投票の前日同村選挙管理委員会の書記係から受取り、投票日の朝投票所に持参し、これを投票用紙交付係に手渡したこと、

四、かくて同投票所では所定の時刻に投票所を開いて投票を始めたが、議員投票用紙交付係の武田忠男と村長投票用紙交付係の佐藤今子とが同日午前十一時頃投票用紙の枚数を打合せたところ議員投票用紙の枚数が村長投票用紙より一枚多いことが判明したので、これを庶務係の佐藤健夫に連絡し、同人から投票管理者、投票立会人等に諮つたが何人もその処置に窮し発言するものがなかつたので、選挙事務に全然経験をもたなかつた同人は、このままに放置しておいては選挙会において第七投票所の投票全部を無効とされ関係係員の責任を追求されるであろうことをおそれ、投票函の投票数を確めるべく同所階段下にあつた林檎の空箱を持ち出し、投票管理者や投票立会人等の面前で投票函を開いて在中の投票を右空箱に移してこれを二階に持ち運び、続いて来た投票立会人藤山正雄と二人で赤(赤字で印刷した議員の投票)と黒(黒字で印刷した村長の投票)とに分類して計算していたが、間もなく佐藤健夫は、投票管理者今田与志雄から呼ばれたので階下に降り、藤山正雄独りで計算し、赤黒ともに二百五十五票宛あることを確め、これを再び右林檎箱に入れてその飛散を防ぐため「タバラシ」(米俵の上下に蓋をする丸い藁製品)を乗せて自席に戻り佐藤健夫は、同日午後三時頃再び二階に上り林檎箱内の投票を数へ各二百五十五票あることを確めた上、これを階下に運び管理者及び立会人等の面前でもとの投票函に戻したこと、

五、佐藤健夫が右のように投票函を開けて投票を取り出したのは、本来同数であるべき議員の投票用紙の残りと長の投票用紙の残りが合致しないため、狼狽のあまり、一図に投票された票数を確めたいといふ気持に出たものであつて、その以外に何等他意があつたわけではなく、投票を林檎の空箱に入れたまま二階に置いた時間は相当長かつたけれども、その間佐藤健夫又は藤山正雄の二階にいたのは、議員及び長の各投票二百五十五票を分類し、これを数えるだけの僅少の時間で、そのほかの大部分の時間は右両名とも投票所で各自の職場についており(前記投票函を開けて投票を取出してからも、投票は滞りなく続けられていた)、且右両名とも林檎箱にあけた投票を折疊みのまま赤、黒に分けその数を計算しただけであつて、投票の内容までも見たわけではなく、もとより投票の入替、改さん等の不正行為をしようなどとは毛頭考えもしなかつたこと、

六、二階に置かれた林檎箱は、階下の投票所からは見えないけれども、二階に昇る唯一の階段の上り口までは、投票立会人席から五尺乃至一間半位の距離で投票所から容易に見えるのに前記二人以外の者が昇つた形跡はなく、また二階には当時他に誰も居らなかつたこと、

七、佐藤健夫は前記投票函を開けた時までの投票数が、議員及び長の分とも同数の二百五十五票であることを確めた結果、投票用紙の残枚数に一枚の喰違いがあるのは、第七投票所に配布された投票用紙が長の分は指示のとおり五百四枚であつたけれども、議員の分は誤つてそれよりも一枚多く配布されていたことを知つたので、林檎箱の投票を投票函に戻してから、議員の投票用紙係から議員の投票用紙一枚を受取り、これを自分の筆箱に入れ、投票終了後自宅に持帰り焼却したこと、

八、第七投票所関係の本件選挙当時の有権者数は五百十三名で、そのうち投票した者が五百六名であつて、この五百六名中には不在者投票をした者十五名を含むので投票日に右投票所で投票した者は四百九十一名であり各五百四枚の投票用紙中使用した四百九十一名を除いた残りの十三枚を投票終了と同時に同投票所管理者から選挙長に返戻されたのであるが、佐藤健夫は右投票所に配布された投票用紙以外に余分の投票用紙を持つていたような事実は全く存しないこと、

以上の事実が認められ、なほ成立に争ひのない甲第六、七号証、同第八及び第十号証の各一乃至八、交付日時の記載部分を除き、成立に争ひのない乙第六、号証の一、二、証人五十嵐義矩、佐藤吉治、阿部健藏、村形兼吉の各証言を綜合すると、

九、山寺村においては、本選挙のために議員及び長の各選挙投票用紙二千七百枚づつの印刷を注文したのであつたが、実際に納入された投票用紙は議員選挙の分が二、三枚多かつたこと、

十、本選挙終了後の同年五月一日頃右投票函開函について警察官が刑事被疑事件として投票全部を調査した際に、帳簿上(選挙会の公表したもの)は、村長選挙の有効投票は二千五百七十二票、無効投票は三十五票合計二千六百七票で、有効投票中増子喜代治の得票千二百九十一票、渡辺佐正の得票千二百八十一票、村議会議員の選挙の有効投票は二千五百八十票で、無効投票は二十七票合計二千六百七票となつていたが、票数を数えてみた結果、村長選挙の有効投票とされた分は一票多く二千五百七十三票、無効投票とされた分は三十五票で、有効投票中増子喜代治の得票とされた票数には変りはなかつたが、渡辺佐正の得票とされた分は一票多く千二百八十二票あり、村議会議員の有効投票とされた分は一票少く二千五百七十九票、無効投票とされた分は二十七票であり、右の外に使用しなかつた投票用紙が議員の分は九十二枚、長の分は九十枚あり、他に書損じの分が双方とも一枚づつ、不在投票をするため投票用紙の交付を請求し、その交付を受けた者のうち投票しなかつた者が各二名あるので、これに佐藤健夫の焼却した議員の投票用紙一枚を加えて計算すると、投票用紙の枚数には投票の前後により変りがないこと、

十一、また村長候補者増子喜代治の得票とされたものの中に「山寺村」印のないものが一票あり、無効とされた投票中に白紙で折目のないもの一票(議員か長か不明)、村長の無効投票中に知事選挙の投票用紙を使用したもの一票あつたが、投票の入替、改さん又は鉛筆書のものを消した等不正行為が行われた形跡は全然見られ

なかつたこと、

が認められる。成立に争いのない甲第九号証の記載内容及び証人藤山正雄の証言中以上の認定に反する部分は採用しがたく、その他の証拠によつては右認定を動かすに足りない。

以上の認定に徴すると、前示佐藤健夫の行為は軽卒極まるものでその非常識は大いに責めらるべきであり、また同人の行為を黙過した投票管理者、立会人等の怠慢も批難に値するけれども、投票函を開けてから投票を函に戻すまでの間に投票の結果を左右すべき不正行為が介在したものとは認められないから、右の違法は選挙の結果に異動を及ぼす虞あるものとはいえない。無効投票中に折目のない白紙投票一票があつたことは前認定の通りであるが投票の結果を左右するような不正行為を企てる者が折目のない投票用紙を白紙のまま投票中に差込むといふようなことは常識を以つて考え難いことであるのみならず、本件の場合は前示のように村長候補者渡辺佐正の得票が千二百八十二票であるのに選挙会においてこれを千二百八十一票と計算違いをした結果、投票総数が投票者総数よりも一票少い計算となつたため、無効投票中に未使用の白紙投票用紙一票を加えて辻褄を合せたものと推測する方が合理的である。また議員の分の有効投票として実在するものが選挙会の公表した票数よりも一票少いことについては、その原因がどこにあるかこれを確認する資料はないが、前段認定の事情からみて、それが第七投票所における投票取出中における不正行為によるものとは到底認められない。なほ村長選挙の投票中に知事選挙の投票用紙を用いたものが一票存することも、本件選挙の数日後に山形県知事及び同県議会議員の選挙が行われた公知の事実と対照して考えると、本件の選挙及び知事選挙について不在投票をしようとして投票用紙の交付を請求した者が本件村長の選挙について誤つて知事選挙の投票用紙を使つたものと推測するのが妥当である。また村長候補者増子喜代治の有効得票中に「山寺村」印のない一票が混入していたことも投票用紙に押印もれのあることは必ずしも稀な事例でないところからみて、前示第七投票所における出来事に関係あるものとは認められない。

されば以上いずれも佐藤健夫の不正行為を推定する資料とはならない。佐藤健夫が山寺村役場の吏員であつたことは前記のとおりであるが、同人が村長選挙につき増子候補の当選を希望していたとの原告主張の事実は、これを確認するに足りる資料がないのみならず仮にそうであつたとしても、同人に別段不正行為の認められないことは上来説明のとおりである。また佐藤が第七投票所に余分に配布された議員選挙の投票用紙一枚を焼すてたことは、前認定のとおりであるが、これは同人が不正行為をしてこれを隠蔽するためではなく、全く事なかれ主義の浅慮に出でたものに過ぎないことは、前記認定に係る各般の事情からしてこれを推知するに難くない。

次に原告等訴訟代理人は、第七投票所においては代理投票についても不正が行われたと主張するので按ずるに、成立に争ひのない乙第三号証の記載、証人佐藤健夫、佐藤今子、藤山正雄、藤山キク、今田とり、佐藤政治郎、牧田庄一郎、今田もゑ、佐藤さよ、武田そよ、武田ちよ、佐藤とほ、武田伝七、村形忠蔵、今田武三郎、佐藤もと、武田みき、今田ゆき、武田芳恵の各証言を綜合するに、本選挙当日第七投票所においては、投票管理者今田与志雄が投票立会人の意見を聞いて代理投票の補助者を佐藤健夫と佐藤今子の二人と定め、代理投票の申請の都度、佐藤健夫が投票を記載する場所において投票用紙に右申請人が指示する候補者の氏名を記載し、佐藤今子がこれに立会うこととし、代理投票者十数名のうち大部分は右の方法により適法に代理投票が実行せられたこと、佐藤健夫は、代理投票録に申請者十二名の氏名を記載したが余白がなくなつたので、その後の申請者数名については、代理投票録に申請人の氏名を記入しなかつたことが認められる。尤も証人佐藤福蔵、武田惣平、藤山正治、佐藤直治、佐藤専太郎、佐藤庄助、村形貞一の各証言によると佐藤今子は投票用紙交付係を担当していたため、選挙人の混雑した時などに、佐藤今子の立会が必ずしも厳密には行われなかつた場合も若干あつたことを推測し得ないことはないが、しかし佐藤健夫が代理投票を申出でた者の意思に反するような不正の記載をした事実はこれを認めるに足りる証拠がないのみならず、若干の代理投票が適法な方式によつて行われなかつたにしても、それは当該個々の投票の効力に影響を及ぼすに止まり、選挙の全部又は一部の無効を招来するものでないと解すべきである。従つて右の点は当選の効力を争う訴訟においてこれを主張するなら格別選挙の効力を争う理由としては採用し得ない。なお代理投票録に記載漏があつても、このために選挙の効力に影響を及ぼすものではない。

以上説示のとおりであるから、被告委員会のした前記裁決は結局正当であつて、これが取消及び本件各選挙の無効宣言を求める原告等の本訴請求は、失当としてこれを棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十五條、第八十九條、第九十三條を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 谷本仙一郎 判事 猪瀬一郎 判事 石井義彦)

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